数学は何の役に立つのか

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先生、数学って一体なんの役に立つんですか?

これまでの人生で、一度はこの言葉を耳にしたことがあるでしょう。もしかすると、あなた自身が疑問に思ったことがあるかもしれません。その答えとして、「論理的思考力が身につくから」「ものの見方や世界が広がるから」といった、抽象的な答えを返された経験はないでしょうか。確かに数学はそうした力を養ってくれますが、具体的に何に使えるのかが想像しづらいことこそが、数学に苦手意識を持つ人を増やしている原因の一つだと私は考えています。

そこで、義務教育範囲である「小中学校で学ぶ算数や数学」が今までの人類の歴史の中でどのように使われていたのか、そして現在ではどのように用いられているかという事を紹介したいと思います。

算数や数学の実用

1.図形

小学校や中学校では図形や面積などを学んだことがあると思いますが、図形は人類の歴史の中でどのように扱われてきたのでしょうか?一つの例として古代エジプトで用いられた図形について説明したいと思います。

古代エジプト

古代エジプト文明ではナイル川を中心に文明が発展していきました。発展していくと、農業であったり家であったり言った、土地を所有するものが現れることで図形が用いられました。

どのように用いられたかというと、ナイル川が氾濫すると土地の境界線が消えるという問題が発生します。すると「この土地は自分の土地だ」となり、争いが生まれます。そうした諍いを解決するために、土地を正確に研鑽するために発達したのが「幾何学(Geometry)」(Geometry:土地を測る)であり、農地を守るための技術として重要でした。

現代

しかし、現代では境界線を土に書くといった行為もなく、土地は管理されているためにこういった技術は必要ありません。しかし、技術は淘汰されることはなく図形の面積など計算したことがあると思います。これらは現代では、箱の中でどのように詰める事が出来るか(最重点密度問題)などで用いられています。このようなことは一般にはあまり使われていませんが、計算が必要な人は存在し、それが特殊で一般的でないことが想像のしづらさに繋がっているのかもしれません。

2.割合

中世ヨーロッパ

割合の計算が本格的に発展したのは、中世ヨーロッパの商人によって発展したといわれています。イタリアの商業都市フィレンツェやヴェネツィアでは、

  • 異なる通貨の交換
  • 航海保険料の計算

が日常で必要な業務でした。そして、この商業数学を体系化したのがLeonardo Fibonacci と言われていて、有名なフィボナッチ数列の Fibonacci であり、彼の著書 Liber Abaci 『算盤の書』が、アラビア数字とともに割合の計算である「商業算術」をヨーロッパに広めました。

ここで重要なのは、割合は“異なる価値”を比較するために生まれたという点です。通貨Aと通貨Bは単位が異なり、同様に金と銀も重さが同じでも価値が異なる。このように、異なったものの比較を体系化されたのです。

現代

現代でも割合は最も身近な数学の概念の一つです。

  • セール中の商品を買う際に20%offのさらに10%offはお買い得か?
  • 料理のレシピを3人前から5人前に正確に変更するには?

このように日常のちょっとしたときに割合の計算は使われ続けています。

また、経済でも「複利」という言葉で使われる際も割合の考え方は重要です。よく株を進める方々や胡散臭い方々がいう言葉のなかに Einstein(アインシュタイン)が「複利は人類史上最大の発明」という言葉をやたらと流用しますが、こちらの出典は諸説があり、それもさまざまであるがそのくらい現在でもつかわれ続けているのです。

複利を簡単に説明すると1年間で5%増えるものがあるとします。なんで5%増えるんだとか、そんな簡単に増えたら困らないという方は、また今後経済の話のインフレや人口増加による話でするとして

あなたが100万円持っていると毎年その割合である5%が増えるとしましょう。つまり、次の年には、100万 * 0.05 = 5万円 が毎年増えるとします。そうすると30年後の金額は何円になっているのでしょうか?単純計算で 5万 * 30年 = 150万 増えるので、250万円と考えるのですが、実際にこれを30年運用すると(投資の世界では”運用”という言葉を用いる)約432万円にもなります。

このように、指数関数的に上昇することが割合から学ぶ事が出来るんです。

なぜ電卓があるのに計算を学ぶのか?

現代では、複雑な計算はすべてスマホやPCがやってくれます。「だったら、もう計算なんて学ばなくていいのでは?」と思うかもしれません。
しかし、現代の中学数学で学ぶ「確率」や「データの活用」は、情報に騙されないための防具として過去最高に重要になっています。

例えば、スマホゲームのガチャの排出率が1%だった時、「100回引けば必ず1回は当たる」と錯覚してしまう人がいます。しかし、実際に100回回してみると、当たらない!!これは詐欺だ!と思うかもしれませんが数学上では約63%の確率でしか当たりません。

また、ニュースで流れる平均年収のグラフに騙されず、一部のお金持ちが平均を釣り上げている偏りのあるデータなので中央値で判断しようと気づけるのも、数学の基礎知識があるからです。

この通り、電卓をたたけても元の式が誤っていたり、考え方が異なる場合では全く違う答えが出てくるため数学の思考法を学ぶことが非常に重要なのです。

役に立つことが良いことなのか?

このように実生活で大活躍する数学ですが、一方で「実用性ばかりを求めること」に対して、強い警鐘を鳴らす数学者や教育者もいます。

アメリカの数学者である Paul Lockhart (ポール・ロックハート)は、著書『数学者の嘆き』*1の中で、現代の実用性や公式の暗記ばかりを押し付ける数学教育を痛烈に批判しました。彼はこれを

音楽の授業で、楽譜の読み方や音楽理論だけを延々と教え込み、一度も楽器を演奏させないのと同じだ

と例えています。実用的な道具としてだけ数学を扱うことは、パズルを解くような「自ら法則を発見する純粋な喜び」や「想像力」を奪ってしまう。数学とは本来、絵画や音楽と同じような「芸術」であり、心を楽しむためのものであるべきだと主張したのです。

中世のヨーロッパでは、数学の方程式が用いられた数学試合*2と呼ばれる今でいう数学オリンピックのようなもので、数学で勝負をして賞金を懸けていたというのですから、以下に数学が身近にあったかが伺えます。数学を公式だけ暗記させ、それを学ぶとはいかがなものなのでしょうか?

最後に東京大学大学院数理研究科の河東先生の著書『数学者の思案』*3では、日本の数学教育について、受験競争をしていて難易度が高くなるだけでそれは身になっているのだろうか?という話について自身が海外で経験したものと日本の環境について言及しながら、数学の何が重要なのかについて話している本があるので、この記事のいかにして数学を用いるのかとは異なるが、参考になれば

数学は何の役に立つのか

「数学は何の役に立つのか?」その問いに対して、「論理的思考力が身につく」といった抽象的な答えは、決して間違いではありません。しかし、それだけ最初に述べた通り実感が伴わないのも事実です。

実際に、古代エジプトでは土地を守るために図形が使われ、中世ヨーロッパでは商業の発展とともに割合が発達し、そして現代では確率やデータの理解が、情報社会を生き抜くために必要なものとして用いられています。

つまり、「論理的思考力が身につく」という言葉の本当の意味は、世界を正しく捉え、自分で考え、判断する力を持つということなのではないでしょうか?数学とは、世界を理解するための考え方を手に入れる営みなのかもしれません。

ただの学問と言われてしまえばそれまでですが

参照

*1:Paul Lockhart 著 A Mathematician’s Lament『数学者の嘆き』

*2:小島寛之 著 『天才ガロアの発想力』

*3:河東泰之 著 『数学者の思案』

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